2019年2月26日火曜日

小金井市議会で都市計画道路のことが質疑されます!!

東京都からは意見交換会を打ち切ってオープンハウスに切り替えると宣言され、市民との対話の場所もなくし、都は何がなんでも道路を作るという態度です。ここまで来てしまって、今、私たちの頼りは小金井市長の判断なのです!
小金井市議会は平成31年の第一回定例会が始まっております。市議会議員からの一般質問で白井亨議員と坂井えつ子議員から都市計画道路についての質問があるそうです。下記の日時と内容です。議会に直接行って傍聴することもできますし、ネットでも傍聴できますので、ぜひ直接市長の声を聞きましょう!
12月には小金井市長選挙もありますので、市長が現時点で都市計画道路をどう考えているのか、確認しておきたいと思います。

【白井亨議員】 2月28日(木)午前10時からの予定
<質問の2番目>
都市計画道路3・4・11号線について、市長は傍観するだけなのか。
・2月8日の意見交換会の様子を聴いて、市長は何を想う。
・就任以来、市長はこれまで都道の問題に対して何をしてきたのか。
・傍観せずに、都に「対話」を直接働きかけるのが市長の責務ではないのか。
質問意図
今年度の都市計画道路3・4・11号線の意見交換会が2月8日に開催されたが、都は今後意見交換会を開催せず、
環境状況調査に入るという。市は傍観していて良いのか。

【坂井えつ子議員】2月28日(木)午後14時からの予定
<質問の3番目>
都市計画道路3・4・11号線、市長の意思を問う



こちらからネット傍聴できます。

定例会一般質問の日時、発言通告書などはこちらから。



2019年2月17日日曜日

第3回「意見交換会」レポート

「もう意見交換会はやりません」!?
小金井都道問題、3回目の「意見交換会」も不成立に

斉藤円華(市内在住・ジャーナリスト)


東京都が小金井市内に建設を計画している都道3・4・11号線をめぐり、都建設局が主催する住民との「意見交換会」が2月8日(金)夜に市商工会館で開かれた。

おととし2017年11月、昨年1月に続き「3回目」となった今回。都は「(そもそもの計画の必要性について議論を求める)住民との立場は平行線。意見交換会では都が求める結果が得られなかった」として、一方的に同会の打ち切りを宣言した。過去2回に続いて今回も不成立に終わった形だ。都は今後、意見交換会ではなく「オープンハウス」形式の住民説明会を行っていくという。

■住民「この1年、何してたんですか」

「この道路は本当に必要なのか」「計画決定のプロセスが不透明だ」「地域が分断される」「はけと周辺の環境が壊されるのでは」「(計画決定した)都市整備局が出席しなければ話し合いにならない」。これまでの意見交換会、そして昨年3月に2回開かれた住民説明会では、多くの出席者が今回の都道計画に対して疑問の声を上げてきた。

中でも計画決定のプロセスをめぐっては、大きな問題点が指摘されている。計画承認に関する旧建設省内の文書(1962年)で、本来なら建設大臣以下の関係閣僚らの決裁印が必要なのに、「戦時特例」でそれらが押印されていないのだ。敗戦から17年も経った平時に、「戦時」の「特例」にもとづいて決裁されるというのは、常識的に考えれば十分おかしな話だろう。

住民側は当初からこの問題点を指摘。今回も「(正規の手続きに沿った)文書を示せ」と迫ったが、都は「当時の法令に基づき、適切に処理したものと認識している」(配布資料)と、歯に物がはさまったような回答をするのみ。不備のある手続きだとの自覚があるのか、「法にのっとった手続きで、全く問題ない」と言い切ることもしない。煮え切らない都の態度に住民からは「この1年、一体何をしてきたんですか」との声も上がった。

「そもそもこの道路は必要なのか」。3回目の
「意見交換会」も住民から厳しい質問が飛んだ。

 都がこのかん新たに行なったことといえば、昨年11月から12月にかけて実施した交通量調査がある。今回、都は「平成27(2015)年の交通センサスよりも詳しく調べた」と説明。しかし平日12時間で比べると、例えば連雀通りでは7273台(平成27年交通センサス)だった交通量が、今回の調査では同区間の両端の交差点でそれぞれ6665台、7240台となっている。

つまり過去3年で、交通量が目立って増えたとは言えないのだ。他の調査地点を見てもせいぜい横ばいで、見ようによってはむしろ減っている。また休日の交通量に関してはセンサスのデータがないため、過去と比較できない。

一方、細街路(さいがいろ、いわゆる「抜け道」などを含む細い路地)で通過車両のナンバープレートを記録して12時間の交通量を調べる調査では、「抜け道」利用の交通量が休日で67%に達する地点(連雀通りと〈二枚橋の坂の市道〉との交差点)もある、との結果が示された。

しかし、これも過去のデータがなく比較ができない。また、交通規制の方法によって「抜け道」利用がどう変化するのかも不明だ。そもそも、仮に抜け道利用を完全に防いでも3割強の車両通行は残るとも読め、ともあれ、このデータを都道計画実施の裏付けとするのは苦しい。

「道路の必要性を検討するために交通量調査をするのが本当では。『都道を作る』と結果を決めてから調査するのは順序が逆だ」との住民の発言がすべてを物語っている。

ちなみに今回、意見交換会の開催通知が届いたのが3週間前、市報に開催告知が載ったのはたった1週間前。交通量調査結果などの資料送付にいたっては直前ギリギリの2日前という不手際ぶりだ。調査結果をめぐって、都は住民からの質問や追及がよほど嫌だったのだろうか。それにもかかわらず傍聴席は立ち見も出る盛況ぶりで、この問題への住民の関心の高さを改めて印象付ける結果となった。

■都には都合のいい「オープンハウス」

「これまでの意見交換は、(事業を前提にするという)われわれが目的とする形では実施できなかった」「計画の見直しについての意見交換はできない」「優先整備路線なので、計画を棚上げにする議論はするつもりもない」(都建設局・事業化調整専門課長)

都としてはあくまで計画実施を前提に、その方法について住民と意見交換したかったが、それができなかった。小池都知事が言う「丁寧な対応」は計画の実施が前提であって、原点に返って必要性を検証することは含まれない、ということか。

都は「今後、オープンハウス型の説明会を開催する」と説明。一般にオープンハウスでは、出入り自由な会場に説明パネルなどを並べ、配置された職員が来場者に事業計画を個別に説明する形をとる。

その理由について配布資料で「より多くの方々と個別にお話ができ、様々な意見を伺うことができる」とするが、「意見交換」という文言は注意深く避けられている。行なうのはあくまで「説明」であって、意見交換や議論が目的でないのは明らかだ。

「オープンハウスで、都にとって都合の悪い情報は示されるのか」「都合の良い説明しかしないのではないか」との住民の意見に、「事業の必要性について丁寧に説明する」と都担当者。これには筆者も「じゃあ、都合の悪い情報は雑に扱う(または無視する)ってことか」と笑ってしまった。

住民からは、「オープンハウスと並行して意見交換会も続けてほしい」「意見交換の場で、都職員も交えて少人数でテーブルを囲み議論する『グループセッション』も取り入れては」との意見も挙がった。しかし都は「ご意見として伺う」と話すのみ。一方的に話し合いの打ち切りを宣言した都が、これらの意見を今後に反映させる可能性は低いと言わざるを得ない。

会場閉館後、話し合いの継続を求める住民が会場
の外で都担当者らを引き止めた。午後10時頃


■「錦の御旗」を得られず

さて、私は過去3回の「意見交換会」に住民の一人として参加したが、小金井市都道計画をめぐって都は住民合意の取り付けに失敗したことが、今回の「話し合いの打ち切り」ではっきりした。

行政が事業を進める上での「住民参加」の手法の一つとして、まず町会長など地域住民の代表者らを集めて意見交換会を行なう。ここでの合意を(形式的にであれ)取り付けた上で、次に住民説明会へと進む段取りだ。

こうすることで行政は「すでに地域住民代表の理解を得ています」という「錦の御旗」を掲げ、住民に事業の正当性をアピールできる。ところが今回、都は「意見交換会」で、この「錦の御旗」を得られなかったのである。

「地元町会長として申し上げる。市長にも伝えてほしいが、町会としてこの都道計画には賛成するわけにはいきません。地域コミュニティが真っ二つに分断される。また、児童通学路も分断する危険な道路だ。さらに災害時、いっとき避難場所の中学校へ避難するのに、わざわざ(都道計画で)新たにつくられる橋を通る必要がない。

原点に立ち返れば、この計画は違法だ。違法を都がやっていいわけがない。計画はいったん白紙にして、都市計画新法に基づいて改めて住民の意見を聞いたり、地元の意見を聞いたりして計画を作り直すべき。そうしなければ都民は都職員を信頼しなくなり、都政への信頼感もますます悪くなる」(参加者の住民)

ちなみに、意見交換会は自治体によっては一般住民には知らせずに行なうことがある。小金井都道問題でも当初「意見交換会」は傍聴や取材が不許可だった。それを1回目の当日、住民側が都側に強力に実現を申し入れて解禁させた結果、毎回多くの市民らが傍聴し、過去2回は議事録も公開されている。これは相当に珍しいケースではないだろうか。

計画の見直しや反対が圧倒的多数を占めた事業化決定前のパブコメ、そして今回の意見交換会。事業の必要性と正当性をめぐり、住民からこれだけのミソがついた都道計画である。オープンハウスの場でも、訪れた住民らから疑問や批判が噴出することだろう。それに対して都が一体どんな対応をするのかに注目だ



2019年1月24日木曜日

『小金井都市計画道路3・4・11号線』に関する意見交換会(第3回)


1/22(火)、東京都から下記の「出席依頼」と題した書類が届きました。昨年参加者を抽選で決めた“意見交換会”を2/8(金)に行うと記され、「ご出席の程よろしくお願いします」とあります。メンバー固定で年に2度程度行うとされている公的な会議の日程のお知らせが、開催のたった17日前に届くとは、どういうことでしょうか。社会通念上、遅くても1ヶ月前までの通知が常識ではないでしょうか?

また、この会議は一般の方30名が傍聴できますが、そのお知らせは1/15号の市報にも掲載されていません。2/1号では、お知らせがあまりにも直前すぎます。都はそれでいいと判断したということです。

A4サイズの東京都の立派な封筒には案内のペラ紙1枚のみで、話し合う上での資料も何も入っていません。お知らせが遅くなったお詫びもなく、あくまでも上から目線の東京都の姿勢が、この通知によく表れています。



※「『小金井都市計画道路3・4・11号線』に関する意見交換会」とは

2017年秋に都が、抽選で選んだ3・4・11号線沿線住民および小金井市民と、沿線の町会関係者、合わせて50名のメンバー限定で年に2回程度行うとしている会。2017年11月と2018年1月に2回行った。「道路の必要性について議論を」と訴える多数の住民と、道路整備を前提とした話合いを主張する都との間の溝は埋らないまま、実質的な“意見交換”は成り立っていない。

都建設局HP_第2回目の議事録等
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jimusho/kitanan/setumeikaisiryou/koganei3-4-11.ikenkoukankai2.html

都建設局HP_第1回目の議事録等
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/jimusho/kitanan/setumeikaisiryou/koganei3-4-11ikenkoukankai.html

2019年1月5日土曜日

ムジナ坂東側に設置される柵についてのご報告

こちらも昨年の活動報告です。
2018年3月にムジナ坂東側の雑木林の倒木を伐採するため東京都から依頼で、はけ文が立会いをしました。
(その時の様子はこちら。http://hake-bun.blogspot.com/2018/03/blog-post_4.html )
野鳥観察家の鈴木浩克さんと一緒に立会いをしたのですが、その時に「この雑木林は東京都が購入した閉鎖管理地なので、公園としての管理になるまでの間は、不法投棄や侵入を防ぐために柵で囲います」と言われました。東京都の管理する閉鎖管理地は数も多く予算は少ないため、できるだけ人員を割かずに管理するために、高い柵で囲ってしまうのが通常の管理だとのこと。1.8メートルものフェンスで囲ってしまうという話に仰天しました。ここは小金井市の観光名所とも言える「ムジナ坂」に面している雑木林です。なんとかしなければと思いました。
そしてはけ文も参加する小金井市環境市民会議の議題に上げてもらい、小金井市環境市民会議として東京都に要望書を出そうということに決まりました。
11月8日(木)井の頭公園近くにある東京都建設局西部公園緑地事務所に、要望書の提出と面談を申し込み、環境市民会議代表の小山美香さんとはけ文の安田、横須賀の3名で行ってきました。




東京都西部公園緑地事務所、管理課(維持担当)の内山香課長代理、管財担当の青木喜伸氏らが面談に応じてくださいました。
3月にも説明いただいた通り、できるだけ人員を割かずに管理しなければならないこと、ゴミの不法投棄が一番の問題、人が入り込んで問題が起こるのも困るなどの説明がありました。でもムジナ坂が景観的にも文化的にも重要な坂であることも理解してくださり、はけ文が清掃活動をしたりしていることもブログなどを読んで知っていますとのことでした。
不法投棄されやすいのは車で乗り付けて簡単に投げやすい場所なので、坂の上の道路に面した民間の駐車場の裏側は東西に高さ1.8メートルのフェンスをつけさせてほしいとのことでした。でもムジナ坂に面した所は、「景観に配慮して、低い木の杭を立ててロープを渡すような柵で<ここは東京都の管理地なので入らないでくださいね>ということを知らせる程度の柵をつけたいと思いますがいかがですか?」とご提案いただきました。
3月に聞いた時には「高い柵は必須」のようなお話でしたので、ちょっと拍子抜けしましたが、要望書を出したことで、東京都が理解を示してくださり、高い柵は回避できることになりそうです。低いロープ柵も階段から少し遠ざけてつけてほしいとお願いしました。
市民がムジナ坂を大切に思っていることが伝わった結果、東京都側の担当の方々も理解してくださったのだと感じました。今後もムジナ坂やはけの道を大切にして行かなければと改めて思います。


管財担当の青木さんに要望書を手渡す小山さん。







みなさんによいご報告ができてよかったと思います。
小金井市環境市民会議にも動いていただき、感謝です。ありがとうございました。

あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年末の活動報告から。
12月9日(日)ムジナ坂の清掃活動を行いました。
やはり落ち葉の季節ということで、大量の落ち葉が階段を覆っていました。でもふかふかでお掃除もしやすかったです。
ムジナ坂だけでなく、今は使われていない富永邸の正門前もお掃除しました。

今後も定期的に続けたいと思います。

落ち葉がある風景も良いのですが。

ムジナ坂上の道も。

1時間ほどでピカピカに。
富永家の門前も。


最後に記念写真。
参加のみなさん、ありがとうございました!
通りがかる近所の方と挨拶したり、参加者同士おしゃべりしながら楽しいひとときでもあります。
みなさん、お疲れ様でした。

2018年12月24日月曜日

【平成 30 年度 市民がつくる自主講座「地形を知って考える 私たちのまちづくり」】報告

「崖博士に聞く!国分寺崖線の成り立ち」

 講師:芳賀ひらくさん(東京経済大学客員教授/古地図研究家)
11 月 25 日(日)午前 10 時〜 12 時 @小金井市公民館貫井北分館






今年度のはけ文自主講座のテーマは「地形」!
第 1 回は「崖博士に聞く!国分寺崖線の成り立ち」と銘打ち、古地図研究で知られる芳賀ひら くさんに講師をつとめていただきました。当日は、会場の定員 50 名のところ、なんと 70 名 もの方が足を運んでくださり、席が足りなくなり増席するという大盛況ぶりでした。

「ブラタモリ」に代表されるような地形への関心の高まりに加え、地震や豪雨など、自然災害
 が頻発していることもあり、テーマへの関心の高さ、崖博士・芳賀さんの人気ぶりを実感しました。
以下、講座の要旨です。



崖にまつわる考察

〈崖の定義〉
ほとんどの自治体は「30 度を超える傾斜のもの」としている。これは宅地造成等規制法施行令 による定義を準用したもの。高さについては 2m を超えるもの(または 2m 以上)としている自 治体が多いものの、一部の自治体では 3m 以上など、異なる定義がされている。
地形上の分類では、江戸・東京の崖には侵食崖と人工崖がある。国分寺崖線は、侵食崖。


〈崖線という言葉〉
「崖線」という言葉は、新しい言葉である。2009年11月、岩波新明解国語辞典 第七版に初めて 立項された。→(かなり大きな)川が台地を浸食してできた崖が連なって成す線。「国分寺―」
河川が長年にわたって台地を削りとってできた 崖の連なり。「立川―」(集英社国語・3)
2018 年には広辞苑第七版に登場。ただし、説明が間違っている。「線上につらなった崖」とあるが、 線上、ではなく線状、である。
崖が「線状」に連続していれば「崖線」。一般にはそれでもよいかも知れない。しかし地形学的には、 そのような理解では不十分で、誤りですらある。










「国分寺崖線」の命名と定義

Wikipedia の「国分寺崖線」の説明に誤り
がある。「武蔵村山市緑が丘付近に始まり (中略)世田谷区の砧地域、玉川地域南部 を通り、大田区の田園調布を経て同区の嶺 町付近に至る」とあるが、「立川面と武蔵 野面とは国分寺崖線によって分けられてい る」のであれば、地質図で見ると国分寺崖線の東端は、世田谷区成城付近までである。 また、「古多摩川 ( 関東ローム層下に存在 ) の侵食による自然堤防と考えられている」 という記述も論外である。「自然堤防」と は、堆積地形のこと。「崖線」は、侵食地 形である。


(20 万分の 1 地質図「東京」1987 年)



「国分寺崖線」が、若い地質学者によって「発見」され 命名されたのは1952(昭和27)年。福 田理・羽鳥謙三「武蔵野臺地の地形と地質 東京都内の地質 IV」第4節「各論」の第1項「武蔵野 段丘」『自然科学と博物館』第 19 巻に初出する。


「この段丘は北多摩郡砂川村九番から平兵衛新田、府中町飛地、国分寺町、小金井町、東京天 文 台敷地、深大寺、神代村滝坂・入間を経て、世田谷区成城町に至る明瞭な崖線で次に述べる立川段 丘と接している。この崖線を国分寺崖線(Kokubunji cli -line)と呼ぶことにする」
1950 年発表の「武蔵野夫人」には「国分寺崖線」という言葉は出て来ない。「はけは即ち、峡(は け)にほかならず、長作の家よりはむしろ、その道から流れ出る水を遡って斜面深く喰い込んだ、 一つの窪地を指すものらしい」とのみある。


「国分寺崖線」の地形学上の本質は 「段丘崖」である。「段丘」でない急斜 面は「国分寺崖線」ではない。地形学 的に「崖線」という言葉は認証されて いない。段丘、もしくは段丘崖 という。


(地図アプリ「スーパー地形」から)


ガケ=ハケ ではない

「ハケ」とは《崖線そのものをいうのではなくて 崖線に刻み込まれた特殊な形》を言う 田中正大『東京の公園と原地形』2005 参照:『季刊Collegio』No.64, 2017 Spring

(鈴木隆介 2000 年)






急傾斜部 ( ガケ ) の連なりがすべて「国分寺崖線」なのではない。 「崖線」と「開析谷壁」は区別されなければならない。
それは、成因(営力)も異なり、時間(時代)も異なり、形(方向)も異なるからである。


「国分寺崖線」はなぜ、いつできたのか ?

関東平野は侵食地形ではなく堆積地形。武蔵野台地は、 多摩川の扇状地である。その上に富士山の火山灰が降り 積り、関東ローム層が形成された。8 〜 4 万年前に起源 する「国分寺崖線」は 少しずつ削られてできたのでは なく、氷河性海面変動と一般的に言われている、激変(カ タストロフィ)に成因があったのではないか。
氷河性海面変動とは、寒くて海面が下がると侵食作用が 激しくなり、崖ができる。低地が段丘になる。暖かくな ると海面が上がる。10 万年単位で海面が上がったり下 がったりを繰り返してきた。
最近 14 万年間の海面変動のグラフを見ると、6 万 5 千 年前の氷河性海面変動によって、国分寺崖線が形成され たのではないかと私は思っている。しかし、侵食基準面 の変動だけから河岸段丘(河成段丘)の 成因を引き出 すことはできない。海面変動のほかに 気候変化(雨量) や地殻変動 などの要因も考慮しなければならない。地 層を掘って調査しなければ正確なところは分からない。


(貝塚爽平 1983 年)

東京は、自然災害リスクが世界一

ミュンヘンの再保険会社が算出したデータでは、東京・横浜が、自然災害リスクが世界でダントツ 1位。首都圏の地形は、基盤の上に砂と泥が約3000m 日本アルプスより深く積もっている。これ だけ深いとどこに活断層があるかなんで分からない。ここに 3600 万人が生活している。世界的に 例がないほど人口が集中している。
1939 年(昭和 14 年)に、東京緑地計画が策定された。計画区域は東京 50km 圏、962.059ha。 環状緑地帯計画とも言い、日本の都市計画および公園史上初めての大規模かつ具体的なマスタープ ランだったが、郊外の地主などが経済成長が阻害されるとして大反対、計画は頓挫した。
現在の東京は破綻した都市計画の結果、世界一野放図に広がってしまったメガロポリス(巨帯都市) である。「一極集中のメリット」が「デメリット」になり、もはや「デンジャラス」になっている。
そんな中残された国分寺崖線の緑地帯は非常に貴重である。いま、緑地を残すことの重要性は、ま すます高まっている。


(「クロワッサン」特別編集・防災 BOOK 2014 年)



古地図に色を塗ってみよう

この後、参加者に色鉛筆が配られ、昭和 14 年の地図に色を塗る作業をしま した。机が足りず、ほかの部屋から借りて何とか間に合わせました。最初に 開析谷底を流れる川から始め、田んぼ、等高線の順に塗っていきます。最後 に、都市計画道路の線を引きました。実際に自分で色を塗り、線を引くこと で、この道路が地形を無視して引かれた線だということが実感できたのでは ないでしょうか。


1:10000 都市計画図 (1939(昭和 14)年) に着色。 緑色は等高線、黄色は田んぼ、
青色は野川及び水路、赤色の線は都市計画道路







防災ジオラマを展示

調布市の NPO 法人 「防災・災害ボランティアかわせみ」 の代表の方が、防災ジオラマを持参してくださり、急きょ、 隣接する IT ルームで展示しました。帰りにみなさん立ち 寄って興味深そうに見て行きました。




まとめ

参加者は小金井市のほか三鷹、国分寺、小平、調布、府中 など近隣市からの方、川崎市や八王子市、墨田区、杉並区 などからの方もおられ、関心の高さを感じました。アンケートには、「もっと聞きたかった !!」という要望や、「地層も歴史も積み重ねのなかで、自分たちが生活してい ることが分かった」「学校の授業で、もっと太古から学ば せたほうがよいと思った」など、様々な感想が寄せられま した。「また芳賀先生を呼んでほしい」との声もいただい たので、ぜひまた企画出来ればと思います。 ご参加いただいたみなさま、ありがとうございました !!
        

レポート:安田桂子(はけの自然と文化をまもる会)


2018年12月10日月曜日

武蔵野はらっぱ祭り出店報告

ちょっと時間が経ってしまいましたが、武蔵野はらっぱ祭りの報告です。
11月3、4日の2日間、武蔵野はらっぱ祭りに「はけの自然と文化をまもる会」と「都市計画道路を考える小金井市民の会」と協力して出店し、武蔵野公園を分断する都市計画道路について祭りの来場者に説明、「計画見直しをするべきか否か」のシール投票にも参加していただきました。




チラシ1000枚を全部配りきり、シール投票もたくさんの方にとても積極的に参加していただきました。
子どもたちに手伝ってもらい、駄菓子さんも開店。

管元首相もシール投票してくれました。



そして今回は「はけのポストカード」を販売。道路予定地周辺の素敵な風景の写真を絵葉書にした5枚セットで500円。そのうちの1枚は小池百合子都知事に直接出せる宛名入り!先着50組には62円切手も貼られているという大サービスでした。なんと63組も売れました!「小池さんにぜひお手紙書くわ!」と言って多くの方お声掛けいただきましたので、都知事にたくさんのご意見が届くと思います!




ポストカードはまだ少し残りがありますので、はけ文の講座などに持っていきたいと思います。



当日配布したチラシ。1000部配布しました!
はらっぱを愛する人たちと武蔵野公園の素晴らしさ、はけの大切さを語り合えた2日間となりました。ありがとうございました。