2024年12月21日土曜日
玉川上水を道路開発から守りたい!都道計画地の調査を求める署名3.4万筆東京都へ提出
2021年10月6日水曜日
追悼・田中兄一さん
8月3日のことです。はけの自然を大切にする会の代表で中四町会の町会長、小金井の自然保護活動の大先輩だった田中兄一さんが亡くなられました。92歳でした。まだまだ教えていただきたいことがたくさんあり、衝撃が大きすぎてなかなか記すことができませんでした。
| はけの途中自宅前にて (2018年安田桂子撮影) |
田中さんは小金井に幼少期から暮らし、住んだ家が小金井小次郎の屋敷跡の一角で、ずっとはけに暮らしてきました。若い頃は社史をまとめたり文章を書かれるお仕事をされたりしていましたが、たまたま仕事が一段落していた50代の時に町会の班長が回ってきて、その時に町会長のなり手がなく、ならば解散しようかという話になって「それなら俺がやる」と引き受け「町会長という仕事を通じて社会に関わっていくのもいいかもしれない」と考えて、以後町会長を仕事として生きてこられました。その間に小金井市の子供会連合会の活動や、小金井市体育協会の仕事など様々な社会教育活動を牽引されました。そしてここで特筆すべきは、小金井の名前の由来とも言われる黄金の水が湧くと言われたはけにある谷口邸の屋敷林の保存を実現させたことです。日頃から町会長として地域に心を砕いていたので売られて開発されそうになっていることにいち早く気がつき、都議などを動かして東京都に購入してもらうことにこぎつけます。田中さんの発案で、様々なことがうまく動き奇跡のような買い上げが実現しました。そしてその後、その向かいの土地はナショナルトラスト運動で市民の力で買い上げを実現しようと募金活動を先頭に立って行ってきました。
| はけ文企画の講座に登壇した田中さん (2019年1月安田桂子撮影) |
2000年には自宅の離れに手を入れて、移転先を探していたこごうちぶんこという子ども向けの地域文庫に活動場所として提供。長年子供会や地元小学校で子供達のために活動してきた田中さんは子どものために最後に何か残したいというお気持ちで離れを提供したと言われていました。
小金井のはけ、坂下地域をずっと牽引してきた田中さん。子どもたちのため、自然のため、地域のために活動してこられましたが、いつも広く世界を冷静に見ている方でもありました。
| いつも下駄を履いていた田中さん。 |
田中さんのことは書き尽くせませんが、田中さん亡き後も教えを受けたものとして、はけ文も微力ながら頑張っていきたいとと思います。田中兄一さん、ありがとうございました。
2019年5月27日月曜日
雑誌『武蔵野樹林』『東京人』に小金井の道路問題が取り上げられました。
國分さんは哲学者で小平在住、小平の3・2・8号線の住民投票に深く関わられた方、長谷川さんはTBSラジオのプロデューサーで小金井市在住で今はけと小金井の道路問題に強い関心を寄せておられます。お二人は大学の同級生だそうです。
小金井、小平の道路問題を取り上げて、武蔵野の自然と文化、そして民主主義について語り合った対談です。
今を鋭い視点で分析しているお二人からみる小金井と小平。とても心強く読ませていただき「道路っていうものがある種の経済的価値を持っていることは間違いない。でも、そろそろ、それだけじゃなくて、自然環境の経済的価値も考え始めないといけないと思う」という國分さんの言葉に深くうなづきました。
他の特集も武蔵野のことが多角的に書かれていてとても面白いです。ぜひお読みください。
| 左・長谷川さん、右・國分さん。はけの森カフェにて対談。
そして雑誌『東京人』でも武蔵野特集が組まれています!前号は「反骨の多摩・武蔵野」、そして今発売されている純喫茶特集号では、特集とは別にコラムを長谷川裕さんが書かれていてその中でまた小金井のはけ周辺の環境について、そして道路計画について語られています。
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2016年2月23日火曜日
【コラム】災害への備えとして道路が必要だと言うけれど・・・
震災時を想像してみると「道路が機能したらいいね」くらいの、期待はしたいけれどその確証はない話に
しか思えないところがあります。
震災が起こったら、実際どうなるのか?自分自身も震災について考証して、起こりうることをイメージしておくのは多少の備えになると思い、まず東京の救急車数について調べてみました。
下表は都道府県別の救急自動車数と人口の対比です。
一番右側が救急車1台あたりの人口ですが、東京はワースト1になっています。

東京には約4万人に1台しか救急車がないとすれば、震災などで多数の負傷者が出た場合に救急車で運んで
というのはまず不可能に近い話だと思います。
私自身、こんなに少ないの?と、統計データを信じられなくて、近所の消防署に行って「東京都の救急車台数って340台程度なのですか?」と聞いてみましたら「だいたいそれくらいですね」との答えでした。
消防署の窓口の方はとても親切で、的確な答えをしてくれる方だったので、いろいろ質問してみました。
「この台数では、震災時に救急車で運んでもらうのは不可能ですね」と聞いてみると「震災どころか、平常の毎日でも、救急車は出ずっぱりです」とのこと。
東京は全国一の財源を持っていながら、こんなに救急車が少ないのは、都民としてちょっと納得できない思いでした。
救急車だけ増やせばよいというわけではなく、同時に救急隊員も増やさなければならないので、そんなに簡単な話ではないのは判ります。しかし、道路建設より先に救急車や救急隊員を増やしてほしいです。それらは震災時だけでなく、普段の平常の毎日でも不足しているからです。
平常時に不足しているものを補わず、災害時の備えを先にするのは順序が逆だと思います。
新しい道路を作ろうとする場合、必ず「震災の備え」という大義名分が出てきますが、立ち退き費用や建設費用など多額の税金を投入して新しい道路で「備える」ならば、既存の道路の電柱を地中化するなど低予算で備えとなる方策もあるのに、それはやっていないように思います。
私は震災に備えるとこを否定するものではなく、震災には備えたいのです。
しかし、考えてみると震災時には避難場所や食料や水や衣類などなど、道路以外にも必要なものはたくさんあります。何から先に備えるのか?どのくらい備えるのか?をバランスよくやっていかなければならないと思います。
そして「備える」にしても、なるべく低予算で効果の高い方策から先に進めていくべきことだろうと思います。
<文・作図 鈴木浩克>
2016年2月21日日曜日
【コラム】はけと武蔵野公園の野鳥(2)
武蔵野公園と野川沿いにはアキニレ、ムク、エゴノキ、シイなどなど、
実を付ける樹木が豊富です。それら木の実は野鳥たちの秋冬の貴重な食糧です。
木を切り倒すのは、ほんの数十秒の作業で完了してしまいますが、木が成長して実を
つけるには長い年月がかかります。
私たちにも心地の良い日陰を提供してくれたり、強風を遮ってくれたり、酸素を作ってくれたり。
木に感謝しなくてはならないと思います。
嘴の細い鳥は木の実を突いて割り、嘴の太い鳥は強力なペンチのように嘴でかみ砕きます。
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| ↑エゴの木を食べるのはヤマガラのみ。 エゴの木も切られてしまうのかな・・・。 |
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| イカル 年によってはたくさんのイカルが飛来することもあります。 春先の飛去前には「キコキコー キー」という、のどかな 歌声を聞かせてくれます。 |
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| コイカル雌(上)、コイカル雄(下) イカルの群れに交じり珍しいコイカルが飛来することもある。 |
(写真・文 鈴木浩克)
2016年2月12日金曜日
【コラム】はけと武蔵野公園の野鳥(1)
野川も毎週のように歩かれて、野鳥の観察と記録を続けておられます。単なる被写体として見るのではなく、いつも鳥たちの生態、環境に気を配る鈴木さん。
鈴木さんが道路計画予定地周辺で撮った野鳥の写真をご紹介していきます。
2015年初冬、遊水池の新しい田んぼ予定地にタシギがやってきました。
タシギ(田鴫)は名前の通り、田んぼ周辺を好む鳥。
長いくちばしを田んぼや畦に差し込んで地中にいる虫を食べます。
都内で珍しいタシギがいるのは、はけ(国分寺崖線)がもたらす水と緑、そして耕作という人の営みが里山環境を作り出しているからです。
(写真と文・鈴木浩克)
2016年1月30日土曜日
【 コラム】あなたの近くにもあるんですよ・・・
と思われていると思いますが、小金井市内にはまだまだ計画道路があるんです。
昭和37年、50年前にできた計画が今もしっかり生きているのです。
そしてこの計画は余程のことがない限り、計画廃止にはなりません。
計画がある以上はいつか実行される日が来ると思ってください。はけのことをは
全く他人事ではありません。50年前の亡霊が突然あなたの前に現れるのです!
写真は1971年、昭和46年に発行された都市計画街路網図です。赤と黄色で示された線が計画道路です。
地図は古くから住まわれている住民の方からお借りしました。
2016年1月28日木曜日
【コラム】連雀通りって重要じゃないの???
荷物を背負う時に使った背負子(しょいこ)のことで、肩に当たる部分を藁や
裂織りなどで織ったり編んだりして、それを木枠につけたもののこと。
昔の行商人やそれを使っていたので、昭和の時代まではなんとなく見たことが
あるような気もします。
wikiによれば、その行商人が住んでいた町が連雀町であり、三鷹の連雀の地名も
それが由来(神田連尺町からの移住者でできた町だからだそうですが)。
連雀通りは連雀をつけた人が行き交ったから連雀通りなのかと思っていましたが、
三鷹の地名からきていると考えるのが妥当なようです。
歴史ある名前を持ち人々に親しまれてきたのが連雀通りですが、今回の小金井の
道路問題の話の中で3.4.1号の話になるとよく「連雀を拡幅すればいいじゃないか。
新たに道路を作る必要はないよ」との声をよく聞きます。私もそう思います。
しかし、先日、小金井市の都市計画課で聞いた説明で連雀が拡幅できない理由を
知りました。連雀通りは(一部が)都市計画道路に含まれていないからとのこと。
えっ?連雀って重要な道路だからあちこち拡幅してるんじゃないの??
と一同びっくり!
よく聞いたら昭和37年に都市計画道路に指定されたところは、もともと地下や
鉄筋の建物が建てられず立ち退けと言える法的根拠があるけど、指定されていない
ところは何の根拠もないので、立ち退きを迫れず、道幅も広げられない。
おまけにこれは市の予算でやらなければならなくなるので、小金井市には無理!
ということで、都道ができるならそっちの方がお金もかからなくていいから
なんだそうです。(市だろうが都だろうが私たちの税金であることは一緒ですけど)
で、なんで連雀の一部が含まれていないかというと、簡単な図を作りました
(下手でゴメンなさい)。連雀のさらに北にもう1本計画道路がありまして、
その間の部分だけ計画道路じゃないんだそうです。
(赤いのが計画道路、水色を引いたのが計画道路になっていない部分の連雀)
確かにこの間の部分は拡幅されていませんね。私たちには知らされないことって
たくさんあるんだと思い知りました。
だったら計画道路にこれからすればいいんじゃないか?というのも誰でも思う
ところですが、「それは難しいんですよねえ」という答えしか返ってきません。
ちょうどせいしん幼稚園の真ん中を通る計画道路です。今回の優先枠には入って
いませんがこれもいつか実行される日がきっと来るんです。
計画道路は見直しにならない限りはいつか実行されると思った方がいいと感じる
今日この頃です。
(はけ文・横須賀)









